白井T邸01案 「ガレージハウス」
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7/26より始まりました、白井T邸の01案です。
敷地は、またしても市街化調整区域です。排水はもちろん浄化槽で、上水は井戸。電車利用は不便ですが、幹線道路に近いので、車は割と便利。よって、車は必須アイテムで、かつ車が趣味となれば、ガレージハウスは自然な流れ。
ガレージの大開口が納屋の入り口に見えるからか、なにか牧場風でかわいい外観ですね。
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これが妻面です。屋根型と箱形の組み合わせ形状で、耐力壁は箱形部で負担。屋根部はスカッとトンネル状に抜く計画としました。
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敷地はこんな感じで、面積は570㎡くらい。周囲は畑でのどかな所です。
by iplusi | 2008-07-25 19:46 | 白井T邸 | Comments(4)
Commented by arsnova-arch at 2008-07-26 23:56
飯塚さんこんばんわ
いつのまにか新作ですね!これは今までの案件の中でもかなりの秀作ではないでしょうか、特に家型のプロポーションでありながらi+iさん振りが判るというところも新境地ですね
これではっきりしてきたことはi+iさんの建築は、がっちりパッケージされた輪郭(今回切断面としての切り妻は本当にリンカクです)にデカ窓、もしくは大出窓、(私はもすこしユニークなものとして「モノアイ」、「鬼窓」などと呼びたいですが)が貫入もしくは象嵌することによっておこなうsignature、結果として得られるsign。
そういったものが外観にファサードマークとして存在することにより建築デザインとしてなんらかの安定感を産み出すのだと思います。
で、実験してみました。
http://kenkon.exblog.jp/9154495/ 
「i+i化」された世界 ↑
Commented by いいづか at 2008-07-27 21:35 x
森山さんのいうこの仮称「鬼窓」をつくるときはいつも手の方が先に動いてるので、あまりうまく言えないんですけど、建築はある種の擬人化、生物化?が成立しないと退屈だと思っています。安藤さんの住吉の長屋みたいなのは、全く無表情で感情移入のしようがないんで基本的に好きじゃないんですね。

国内建築で擬人化度が高いのは、昔の民家とかですかね。古典で言ったら、清水寺かな。

つくっていただいたモノアイ画像だと、魚は十分複雑で有機的なんでモノアイは不要、果物はモノアイあってもいいけどなくても良い。角砂糖のモノアイはあった方がいい(笑)という感じがします。窓があることで、角砂糖と交信できる感じというか。

人間の顔で言ったら目みたいなものなんじゃないかと思っています。表情の中心。伝統的な窓だと、モダニストに完全に無視された、ドーマー窓が近いか。

Commented by いいづか at 2008-07-27 21:36 x
社会に対して完全に閉ざすというのが都市住宅世代の気分だったとすると、今の時代は、基本的に閉じるんだけど、安全なところで社会とつながっていたいという気分なんじゃないですかね。のぞき見する感じというか。そういう意味では森山さんのいうコックピット感覚ですね。

見られる方で言うと、ココだけを見てねというショーウィンドウみたいな物ですかね。全部は見せないけど、開かれてるんだぜという意思表示はしてる感じです。
Commented by 森山 at 2008-07-27 22:49 x
ほほう、なにかこの窓からいろんなものが見えてきましたね。
設計意図が非常によくわかりました。
そもそも窓、Windowというのは北欧語源で「風の眼」ということらしいです。
で、日本語の【まど】は、目(ま)+門(ど)もしくは、間(ま)+戸(建具)ということで構造対の柱間を空けて埋めるものということのようです。
結果、この「モノアイ」は前者の「風の眼」系列、外部環境と交信するための「眼」といういいづかさんのコンセプトは非常に的を得たものであることが分かります。
つまり、かつて窓がになっていた光、風を入れる出すことによる環境的交信が、設備機器の発達により必ずしも必要十分条件機能ではなくなった。むしろ現在では外部環境というものが社会的な制度や街区と個人宅との関係をなんらかのかたちで調整することに建築的な優先順位として上がって来ているということを表現していることになる。
同時に、「生き物的に」という解釈はおそらく「建築家による個人邸」というものは、唯一的(ユニーク)な存在体(エンティティ)であるべきといいづかさんが考えていることがわかります。
個と周辺は対峙するべきと読み取れることになる。
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