平塚K邸プチ見学
12月中旬、横浜Sさん、多摩NKさんと一緒に平塚K邸プチ見学へ行ってきました。平塚K邸は2009年9月竣工なので、竣工後丸7年経過、8年目に入ったところです。
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東側外観です。南下がりと北下がり、2つの片流れ屋根のボリュームが相貫体になっています。南側の軒は低く縁側状です。
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2階屋根は充填断熱で、杉の羽目板EP拭き取り塗装。無節でとても綺麗な材料ですね。大窓はフィックスで、東と北の窓が開く仕様になっています。
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2階トイレはアイランド状に配置。吹き抜け側の内窓が開く仕様になっており、ミニ書斎にもできそう、笑。でも「言われなければトイレに見えない」というのは大事なことですね。
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平塚K(息子)こと、i+iスタッフ熊沢の部屋です。ベッド導入されましたが、配置はこれでいいんですかね?北側の1200角の窓は木製ブラインドで網戸が隠れてスッキリしました。横スリットはあまり開けないので、網戸もとってしまったそう。
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熊沢の作業風景。真夜中に送ってくるメールはこんな快適そうな場所で書いているので、お施主の皆さん心配しないでください、笑。
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トイレ方向を見返したところ。光が奥行きを暗示してます。トイレのダクトには麻ひもが巻いてあります。
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熊沢部屋から大窓方向を見たところ。熊沢ルーム回りは北欧風という感じでまとまってました。
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1階に降りてみましょう。吹き抜けから見上げると、すのこ越しに大窓が見えます。
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平面の大きな平屋は家の中央や北側が暗くなりがち。でも大窓から吹き抜けに光を落とせばこんなに明るく快適です。
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吹き抜け北側の和室です。畳縁はとても細くシャープ。和室は巨大な吊り戸で仕切れるようになっています。畳は部屋の途中から始まっているので、部屋の輪郭はあいまいです。
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脱衣室にはキッチン側からアクセスするプランですが、和室からも脱衣室に直接入れるようになっています。藍色の暖簾がバーチの扉とよく合ってますね。
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1階は置き家具など含の和風アイテムがあるので、和っぽい雰囲気になっています。2階は北欧で1階は和風、シンプルにスッキリ作っておけば、要はお施主さんのインテリアの工夫で、どうにでもなるということですから、ゆっくり時間をかかえてインテリアを整えていくのもよいかも。
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縁側の途中にある外部中庭。家の中が快適すぎるので、あんまり使ってないみたいですが、床の間みたいに空間のゆとりに貢献する空間と考えればアリですね。
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家の前の畑から中庭方向をみるとこんな感じ。夏は緑に覆われますので、南の軒が見えるのは冬だけです。
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リビング天井は結構焼けましたかね。ともかく陰影が綺麗です。
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最後に2階の大窓とリビングをいっぺんに撮ったアングルをどうぞ。設計した本人が改めて見てもいい家でした。熊沢家のみなさん、ありがとうございました。

by iplusi | 2017-01-02 13:32 | 平塚K邸 | Comments(1)
Commented by 森山 at 2017-01-08 14:51 x
新年あけましておめでとうございます。熊沢さんちももう7年目ですか、早いものですねえ。7年前といえば、私はスガツネさん商品開発や空圧エレベーターNUVAの開発とかやってました。ちょうど飯塚さんとのコラボが盛り上がり始めたころですね。そういった意味では熊沢さんちは7年経っても古びていない、むしろ始めからそういった流行とかを追い求めない飯塚さんの地道かつまっすぐなところが、この7年で大きく世間の評価を高めましたね。
新年というか、本来なら年末に書き込む干支のはなしです。
2017年は丁酉(ひのと・とり)です。
十干の丁は、火の弟、つまり陽の火ではなく陰の火です。消えかかる火でもあります。
そして、酉はニワトリのことではなく熟した果実のことを示しています。だから酒の右側にも酉があるのですが、、、
丁酉とはブスブスと埋め火が燃える様に加え、果実の収穫のとき。合わせて考えてみれば熟しすぎて醗酵していることをいいます。「醗酵」という字なんて、まさに酉酉でしょう?
丁酉は革命の年ともいわれていまして、いわゆる転機です。
60年前の1957年に何があったかをみてみると、日本南極越冬隊初上陸、岸内閣、ロッテのグリーンガム、コカコーラ日本発売、そごう開店、東海村原子炉初臨界、スプートニク一号打ち上げなんかがあったようです。
それらをふまえ今年の日本の建築界を当てはめてみますと、これまでのやり方は実はもう昨年で終わっている。これ以上伸びることはない、むしろ爛熟し醗酵するか腐敗するしかないところまで来ているということです。これまでの方法論は今年収穫して手仕舞いにする、と同時に新しい醗酵の元をキチンと把握しておくということでしょう。
つまり、私が至近で見てきた新国立競技場問題、豊洲問題における日本の設計・建設業界の凋落は当然の帰結。同時にその澱んだオリの中では、次の時代の銘酒となるべき醗酵も進んでいることでしょう。
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