新国立競技場の可動屋根
新国立競技場、7/7にJSCと安藤さんとJIA建築家の非公開の話し合いがあるそう。どうなるんでしょうか。私がザハの現行案で一番気になるのは、やっぱり可動式の屋根ですね。
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20年くらい前、ずっと小規模なものですが、隣の席で上司が可動式屋根のプールを設計してたんで、横目で眺めてたこともあるんですが、可動屋根って格好良くするのが、ともかく難しいんです。雨仕舞を考慮すると、どうしても可動部屋根が、非可動部屋根の上に乗っかってきます。巨大な可動部は大きな重量となり、屋根自体も自身の形状を維持するために大げさになります。加えて、仕組みは単純なほど壊れにくいし、制御も簡単、コストも安いということで、動き方もシンプルにせざるを得ないから、円運動とか直線運動とかの決まりきった形で解かなければなりません。なので、どうしても、薄い、細い、シャープといった語彙とは真逆の、単純な、どんくさい、古臭い形状になってしまうことが多いんですね。

全体の形状は、可動部の仕組みから、ほぼ決まります。その他のデザインが決まってから、後付で可動屋根を設計する、というのはナンセンス。例えば、福岡ドームを考えてみてください。円弧に沿って開閉するから、球場の形は円筒です。形状は、可動の仕組みときちんと対応させないとまずいわけです。
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質疑応答なども読みましたが、新国立競技場コンペでは、「可動屋根は絶対条件、開放面積は問わない、でも芝のことは考えろ」ということだったようです。1次審査の提出案では、可動屋根を考えてる案、考えてなさそうな案、曖昧にしてる案など、いろいろありました。まじめに考えてる案は、既にある可動屋根の仕組みに倣ったものが多かったようです。設計期間がほとんどなかったのですから、まあ、当然ですよね。で、コンペ案を現実に存在する可動屋根の仕組みごとに分類してみたら、なかなか面白かったので、ダイジェストで、ちょっと見てみましょう。
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まずは、ドーム中央部が長手方向に分割され、立面円弧状に開くタイプ。写真は大分ドーム。可動屋根が薄くて、なかなかいいですね。黒川さん+竹中工務店他の設計。屋根は結構大きく開くんだけど、これでも芝の育成上はいろいろ問題あるんだそうです。
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シンガポールの国立競技場も長手に開きます。設計はオブ・アラップ。大分ドームと同じように左右をつなぐ梁が入っています。
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この方式を採用したのが新国立で3位になったコックス案です。可動屋根が小さい割に開口がでかいので、開口部に、つなぎの梁は必要そうですね。
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コープ・ヒンメルブラウ案も、同じ方式です。1次審査通らなかったので、全く注目されてませんが、観客席は、妹島さんと同じようにうねってました。全体の形状は不定形の敷地には結構あってる気がしますね。
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ドーム中央部が短手方向に分割され、立面円弧状に開くタイプ。これは山下設計の実作。
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この方式は、アーキテクチャルシステムオフィスというグループが採用してます。
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続いて、水平スライド式。トロントのドームです。
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チッパーフィールド案がこの水平スライドタイプ。大げさですけど、ディテールは綺麗にまとめられそうな感じです。
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SANAA+日建設計案。こんな絵しかないので、全く詳細がわかりませんが、スライド式ですかね。対称性のない客席や屋根は、面白いと思いましたが、可動屋根はあんまり考えてない風です。日建設計は可動屋根苦手なのかな?
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蛇腹状の屋根も実作あります。ウインブルドンのセンターコート。開口は長方形。水平に動くだけですから動きは単純ですが、制御は意外に大変なようです。短辺方向にきちんと水を流せるよう、蛇腹には、一定ピッチでアーチ状のトラス梁が入っています。膜材は不明。
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伊東さんの案は、これに似てます。シンポジウムのビデオでは、屋根は膜じゃない素材と言ってた気がするので、太陽電池下にスライドする方式かもしれません。
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豊田スタジアムも蛇腹状です。サインカーブを描く、平行な2本のキールに沿って、蛇腹屋根が動きます。形としては非平行にしたかったんでしょうけど、可動ですからやむを得ません。サインカーブにしたのは、単純な平行アーチの退屈さを回避したかったからでしょうね。
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この豊田の屋根は2重になっていて、中に入れる空気の量を調整しながら、閉じていくという、とんでもなく複雑なメカニズムをとっています。これ以上難しい仕組みは、無理そう。というか既にやり過ぎか。これつくったエンジニアはすごいですね。このスタジアムも短辺方向にトラスを入れています。
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フランクフルトのサッカー場は、蛇腹式ですが、中央から外周に向かって開く膜がついてます。最初はパラシュートみたいに真ん中にたたまれています。
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外周に引っ張って、
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ピンと張って完成。雪は諦めてるのかな。雨がたまらないよう、真ん中を上方に引っ張りあげてるはずです。明らかに曲がるタイプのC種膜ですね。
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スタジアムコンセプト案。よくわからないけど、真ん中に地球みたいのが浮かんでるから、開閉するんだったら、フランクフルト式のはず。
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ラファエル・ヴィニオリ案。平面はまんまる。可動屋根は、フランクフルト式に最も適した形です。
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仙田さんのとか
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これとかは、カメラの絞りのような感じですかね。実現案はみつけられませんでした。
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あと、コンペ案にはなかたけど、実現案では、水平回転方式=博多ドームの膜構造タイプもあります。例えば但馬ドーム。

大体これで、膜の可動屋根は全部網羅したと思うので、次に膜構造の建築物の一般的な注意点をまず整理しておきましょう。私は膜は小さな公共施設のキャノピーくらいしかやったことないので、そんなに詳しくないですけど、おそらく要点を箇条書きにすると、下記のようになるはずです。

・雨水が局所的にたまらないようにする新国立競技場の可動屋根_d0017039_22144013.jpg
・膜が裏返らないようにする
・風でばたつかないようにする

雪以前の問題として、雨がたまってもいけないし、強風時の傘のように、風でひっくり返ったりしちゃダメなんですね。そして、その防止のためには、

・雨水を適切に集めて早期に排出する
・膜に適切な張力を導入する
・強制的に膜に勾配をつくる

のが大事なんじゃないかと思います。最後のがちょっとわかりにくいですけど、規模の大きなドームは、どうしても中央が平らになりやすいんですね。なので、面を細かく分割して、折り紙状に勾配をつくるというのが、膜構造建築ではよく行われます。
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ということで、前置きが長過ぎますが、以上を踏まえ、問題の国立競技場の屋根を見てみましょう。
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私が考えるザハ案屋根の問題・疑問は下記の3つです。

1.C種膜の問題
これは、森山さんの記事を参照いただければと思います。

2.ETFEフィルムの問題
基本設計報告書によると、競技場では、南側の屋根の一部にA種膜でなく、透過率の高い、透明の膜を検討しているとのこと。これはETFEフィルムではないのか?ETFEフィルムは、現行法規では、建築物に使えません。

3.形状そのものの幾何学的問題

上記の材料の問題が、手続きの工夫で仮にクリアになるとしても、形状の問題というのは相変わらず残ります。そこんとこが、ともかく気持ちが悪いと考えていらっしゃる方、特にベテラン建築家の中に沢山いらっしゃるのではないでしょうか。

この屋根は、非常に曲率が大きな、ほとんど平らに近い屋根です。平面は楕円で、1方向のアーチじゃなくて、2方向にゆるく曲率がついた3次曲面で、ケーブル膜と呼ばれる形状。形自体ははロンドン五輪の時の、ザハの水泳場と同じですね。
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この形状は、短辺方向に見ると逆アーチがついてるおり、まんなか付近はほとんど平らです。この形状を膜で実現するには、前述のとおり、膜自体をピンと張っておく必要があると思います。じゃないと水たまりできちゃうから。

ところがですよ。これがなんと長手方向に真っ二つに割れて、2本のアーチ周辺に収納されるという仕組みらしいんですね。短辺方向でみると谷、つまり、一番水にとっては弱点となる部分がパッカリ割れるようなんです。最も水に弱い部分に沢山の水があつまってくるという不合理な形状。

長辺方向の根元付近では、屋根はクロスタイと呼ばれる構造体の間に設けられたスリットの間を、するすると移動するようです。そして、そのガイドとなるのは、膜の構造体である構造体のケーブルです。ケーブルは、風などによって3次元的に動くはずですが、そのケーブルの下を、3次曲面の蛇腹状の膜が、短時間で開閉するというのです。その仕組みは、上で長々と解説した過去のどの事例とも異なっている、世界初のものです。

3次曲面状の屋根をワイヤー等で引っ張ってバランスよく開閉させるには、どんな駆動の仕組みにすれば良いのか。

長手方向の最下部には雨水が集まってくるはずですが、樋らしきものはみあたりません。屋根の上の雨水はいったいどうやって集めるつもりなのか。また、左右2つのテントの重ねあわせ部には、どんな樋をしこむのか。

折りたたんだテントはどこに収納するつもりなのか。

そして、ばたつかせないように、水たまりが出来ないように、1万㎡以上の不安定な構造体にどうやって張力を導入するつもりなのか。

考えれば考えるほど難しそうです。基本設計発表時には、2本アーチを並行にしてくるんじゃないか、あるいは膜自体を諦めるんじゃないかと想像してたんですが、発表された案は傾いたキールも、膜の可動屋根も、そのまま原案通り残ってしまいました。屋根形状も変更なしでした。

ほんとに出来るんですかね?この屋根。

この屋根は膜メーカー任せにできる簡単な膜じゃありませんし、日建設計がやったところで、難しいのは同じです。発注者や審査員の先生が、今すべきことは、設計者を呼んで、可動屋根の実現性を徹底的に調査、確認することなんじゃないかと思いますが、いかがでしょうか。

この先どうすべきかという選択肢は4つくらいあるでしょうか。

1.何もしない
設計者は、上述した、きわめて困難な問題を必死で解決、C種膜の可動屋根で計画通知は通し、工事着工前までに、新素材を開発して辻褄をあわせるということを考えているのでしょうか?
災害拠点としても位置づけられる公共建築なのですから、仮に法的な手続きがだましだまし通ったとしても、安全性に問題があり、耐用年数が短く、常設の公共建築で全く実績のない材料を採用することは大問題です。ひとたびトラブルが起これば、発注者および設計者は、材料選定の責任を厳しく追求されることになると思います。オリンピックの開幕式や神宮の花火大会で競技場の屋根が燃えたりしたら、それこそ大変です。最もこれが筋の悪い選択肢だと思います。

2.屋根の形状を変える
公共施設の屋根ですから、この可動屋根はA種膜でなければなりません。今、設計者がやるべきことは、デザイン監修者とともに、屋根の形状および、可動の仕組みをA種膜が可能な形(たとえば大分ドームのような形)に見直すことではないかと思いますす。日本の法令を遵守した、きちんと開閉する屋根のデザインを考えることは、デザイン監修者の当然の義務であるはずです。日本の技術力を世界に示すのも結構ですが、法律の範囲内でやっていただきたいものです。

3.可動屋根自体をやめる
屋根が必要なのはイベント時だけです。サッカーも陸上もラグビーもオリンピック開会式も、フィールド上部の屋根は必要ありません。コンペの条件を覆す事になりますが、可動屋根をやめるという判断もあるはずです。

4.建設そのものをやめる
新国立競技場は今のまま残し、各種競技は既存の施設を利用すれば、環境負荷は最小です。そして、本当に必要な施設、機能だけをを、新築に限らず、仮設、リノベを含めて考えていくのが本来の正しい考え方でしょう。公共工事は基本的に予算ありきです。激しく予算オーバーするなら、そういったことも視野に入れておく必要があるはずです。(基本設計が終わっているのですから、基本設計図に基づいた概算工事費がないのが変ですが、どうなってるんでしょうか?)

出来る限り早く結論を出していただきたいものです。
by iplusi | 2014-07-05 22:17
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